お盆とルーツと墓参り

こんにちは。ヤマヤタケシです。
お盆ということで帰省途中です。
北陸新幹線便利です。
東京→富山が2時間ちょっと!コースではなく、
東京→新高岡3時間コースですけども。
実家からは新高岡からの方が近いのです。
富山駅→小杉駅→実家で1時間くらいかかります。

お盆休みという概念も薄れてきているようです。
全社的に休みというよりは、休みたければ有給休暇をとるスタイルという話もよく聞きます。

親父は祖父に反発したモダンな人かと思っていたのですが、意外と古風な伝統を重んじるようです。
「盆には帰ってこい」と、田舎ならではの親戚が集まる風習を続けています。
実家の近くに山屋家の墓はあるけれども、実際、使うのは盆の1日だけですね。
あとは、誰かが死んだ時か・・・。

墓を建てるとなると、墓石やら土地やらで結構なコストがかかるらしいです。
掃除をしたりたまには参ったりと維持するコストもかかります。
そういうコストを払うのは生きている人なので、やっぱり生きている人のためのモノなのでしょう。

何も知らずに生まれてくるし、普段の生活の中で自分のルーツなどは話題に上がりません。
盆に墓参りなどをすると自然と先祖の話になります。
集まってくる親戚たちが、自分とどういう血のつながりがあるのかを意識します。

世代交代みたいなことが起きていて、祖父の兄弟は長居をすることも、集まる機会も減りました。
それでも、自分は独身ですが、5人兄弟のうち、弟2人と妹が結婚していて、さらに甥っ子が4人いるので、賑やかです。
親父を中心に据えると、両親、俺ら兄弟、その配偶者、その子供、2+5+3+4=14人になります。

親父の三男は実家のそばに家を建てているので、その甥っ子を見ていると、自分と同じ空間で育っているので、人生の繰り返しを感じます。
甥っ子の将来、地元に止まるのか、東京に出るのか、海外出るのか?興味深いです。

独身の長男な自分は、墓を守るとか、墓に縛られるとか、墓を閉じるとか、そのうちのしかかってくることでしょう。
結局、コストをはらうのは生きている人なので、シン・ゴジラ的には、好きにしろって話でしょう。
閉じるとしても、中の骨の処分とかどうしていいのかわかりませんが・・・。

田舎風に言うと分家した弟も新しく墓を建てるのかもしれません。それなら、譲ってもいいな。あとは頼んだ!
世帯ごとに建てていると、そのうち墓だらけになります。死者がのさばりすぎる社会というのも息苦しいですし。

地元に根を張った弟に田舎のことを押し付けて、自分は東京にいますが、いっそ、海外までふわふわ飛んでいくのが生命としての使命じゃないですかね?
たんぽぽも種子に綿とかつけて遠くまで飛ばそうとしているし、遺伝的に遠い方が強い子供が生まれるらしいし。

と、まあ、富山と東京を行ったり来たりしながらどっちつかずに生きています。
根無し草です。
途中、まだ、途中。
37歳になり、参加できる婚活パーティーが減ってきて変な焦りを覚えますが、身を固めるなんて一生御免だと思っているのでしょうがないですね。

そんじゃまた。

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