レールと荒野

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レールと荒野

 仕事をするのは生活のためであり、生きる糧のためである。仕事の報酬は紙幣は食えないが、今の世の中は紙幣があればいろんなものと交換ができるので、生きていけるのである。経済が破綻したり、紙幣の信用がなくなれば、報酬は現物になる。報酬は、時計、タバコ、宝石、貴金属、カンパン、水、石油などになる。

 生きるための手段はすべて仕事である。メシを食うのも仕事であり、夜寝るのも仕事である。それ以外は遊びである。現代の仕事は、前述と意味が変わっており、他人のために行うことが仕事である。なぜなら分業により集団としての生きるコストをさげる戦略だからである。分業をすることで全体のコストが下がるのである。分業がうまく回っているのはアダム・スミスのいうところの「見えざる手」のおかげだそうだ。私はまだ信用してはいない。それによると、個人が全体のことを考えず目の前の報酬だけを求めて行動しても、需要と供給の価格メカニズムによって調節されるらしい。それであれば、わざわざ経済を妄想したこんな文章を書いたり読んだりする必要もなく、ただただ仕事と報酬のことを考えて活動すれば良いのである。

 私は、生まれて物心が付く前から保育園に行き、同じ顔ぶれで小学校に行き、中学校、高校、大学、新卒で会社に就職、10年働いて辞めた。もっと早く気づくべきだったのだが、学校と企業は根本的に違うものである。ただ、似ているのだ。公立の学校を作っているのは政府である。政府が政府のために子供に教育を施すのだ。政府は国家を支える企業の要望を受け入れ、学校を設計する。そうやって荒野の上にレールを作ったのだ。

 一生懸命与えられたことをこなしてレールの上を順調に走りきって死ねれば良かったのだが、今の時代はレールは曲がりくねっており、それは途中で終わっているのである。だから、荒野にまだ若さが残っているうちに足を踏み入れたのだ。

終わり。
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そんじゃまた。

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レールと荒野” への2件のコメント

  1. レールなんてのは無くてあるのはラットレース用の箱と構造で無いかなと。

    それがガタが来てて壊れそうなのか、自分の脚力が上がったのか。

    ラットレース用の箱のメンテナンスというお仕事や一からつくる、買うなどもで来ますよね。

    • セラフィーさん、コメントありがとうございます!
      それは良い例えですね。レールから始まって途中でループになるとね。
      傭兵みたいな経営者もいらっしゃいますね。

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