自分が死ぬことより身近な誰かが死ぬほうが恐い

こんにちは。ヤマヤタケシです。
※死についてなんとなく書きますが、最近誰かが死んだとかはありません。

自分が死ぬことより身近な誰かが死ぬほうが恐いんです。
死ぬことってのがなんなのか?僕らはなんとなく知っているはずです。

なぜなら、眠るから。

眠るときフワッと夢を見つつ、世間の音が遠くなって、意識が途絶えます。
死んだことはないですが、死ぬときはだいたいそんな感じだと想定しています。
違うのは数時間後に起きるかどうか?
起きるかどうかなんて、眠るときにはわかりません。
無呼吸症候群である自分にとっては心臓が止まることだってあるかもしれません。
実際、昔の同級生はなんともなかったのに、次の日起きてきませんでした。

自分の死は眠るのと似ているのです。
だから永眠とは、言い得て妙です。

自分の死とと、他人の死は違います。
自分の世界の一部だった人が死ぬというのはぽっかりと穴が空きます。
家族や仕事仲間なんかが死んだら、日常が崩れます。そのうち誰かが埋めるでしょうが、一旦は崩れます。
死んだ人は戻ってきません。
取り返しがつきません。
無力感でいっぱいになります。
そういうのがどうしようもなく恐いのです。

美談とされるような自己犠牲というのも、僕に言わせれば、
「他人の死を見たくない。他人が死んだ世界に生き残りたくない。つまるところ、自分が死んだ方がマシ」
ということでしょう。

無駄に死にたくはないですが、一人だけ生き残りたいとも思いません。

そんじゃまた。

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